KOGANEZAWA SATOSHI
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6/25/2020

 
3年生の演習「画像から描く」の振り返り、1年生の「日本画考」などレクチャーが続く。

「日本画考」では、縄文時代から江戸時代までを一コマで話す。80分の授業内で1万数千年の流れを話さなければならないのはどうしても無理があるのだが、そのスピード感が「エクストリーム」だとある学生の小レポートで書かれていた。とはいえ、そういう無理をすることで見える造形史というものもあるようだ、と私自身気づく。大学に勤め始めてから改めて勉強することが非常に多い。

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6/24/2020

 
4年生の卒業制作計画書の講評(末永敏明先生、長沢明先生とともに)。4年生の就活レクチャーの同席。そして夜は某所のオンライン打ち上げ参加と昼から晩まで慌ただしい。オンライン打ち上げは10数人の規模ではじめてのものだったが、入れ替わり立ち替わりというか、逆にそれが普段の飲み会のようでもあって面白いものだった。人への迷惑を気にせず馬刺しにたっぷりのニンニク醤油で食べる。買っておいたワインとビール、さすがにすべて空くことはなかった。

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6/23/2020

 
今週・来週と予定が詰まってしまいわちゃわちゃしている。レクチャーの準備、原稿の執筆・編集など。授業に加えて今日は所属するコース会議もあり慌ただしいが、大学の食堂が作ってくれているテイクアウト・メニューが美味しい&リーズナブルで素晴らしく、感動する。

午後、3年生の演習「画像から描く」では本画が提出され、今日・明日で講評会。「画像」をテーマにして制作され、データで提出された作品群をオンラインで見、話す。三瀬先生、中村ケンゴ先生と私。明日は4年生の卒業制作計画書の講評が予定されているため、私は今日しか参加することができなかったのが残念。

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6/22/2020

 
月曜日は平日だが担当する授業がないため、主に授業の準備にあてているのだが、今週末にオンラインによるオープン・キャンパスが控えているため、その準備も。今回のタイミングでのオープンは拙速であるという判断になったのだが、所属する日本画コースのオリジナルHPが必要なのではないかとの考えから、案を作るなどする。

各美術大学はそのなかの各コース内での研究の歴史的蓄積が相当なものなのではないかと想像するものの、そういったアーカイブにアクセスする手立てはあまりない。そもそもアーカイブされているのだろうか。美術館が自前で持っていれば、展覧会という形でその歴史を検証・公開する機会があるのだが、少なくとも勤める大学には「美術館」という箱はない(一方で、山形というフィールドを「美術館」に見立てた活動はしている。「山形ビエンナーレ」はその一つだ)。

2022年には開学30年という節目があり、ささやかながら所属するコースの歴史はまとめることが、これから先の数十年にとって大切なのではないかと思っている。地道にこつこつ、まとめていきたい。性に合っている。

104

6/21/2020

 
主に一人の飲み歩きが趣味で、休日は展覧会を見に出かけつつ昼過ぎから酒場に繰り出すようなこともしていたのだが、山形に来てからはCOVID-19による影響や、そもそも昼から開いているお店が東京のように多くない、ということで控えていた。そんななか、目当ての古書店帰りに見つけた山形市内のある中華料理屋は、長くその場所で営業を続けてきたのだろう風格のようなものがありつつ、しかし広くない店内は親密感もあり、定食や丼ものから一品料理までメニューも豊富かつリーズナブルで、ちょっと食事をしつつ飲むにはぴったりだった。餃子はなんと12種類もある。今日のような天気のよい日には飲み歩きがふさわしいということで、昼を目指して訪れた。

手持ち無沙汰になるのは目に見えているので、途中にある書店で何か買っていこうと思い、手に取ったものは文芸評論家・加藤典洋『大きな字で書くこと』(岩波書店、2019)。2019年に亡くなった著者の、同名の連載を中心にしたエッセイ集である。私は熱心な読者というほどではないが、家には何冊かの本がある。だがこの本を読んでいて、氏が山形出身だということを知った。「十八歳。私は、それまで東北の山形で過ごした外国文学好きの新しがり屋の文学少年だった。」という一文がある。そうだったのか。

私はこういうことに「縁」を勝手に感じる人間だ。つまり、今回であれば加藤典洋が山形出身だということを、山形の中華料理屋で餃子をつまみに酒を飲みながら気づく・知るということ。これはなにかあるのではないか、と思う。つまり、いまが加藤典洋を読むタイミングなのではないか、ということだ。こういう「思い込み」が、未知の世界を拓いていくことを私は経験的に知っている。最後のエッセイ集、ということになるのか、今回の著書を読み終えたところで、別の本も手にとっていきたいと思う。

そういう、感動的な「再会」を果たして、夜は定例のオンラインによる絵画ゼミ。今回はフランク・ステラの作品とその展開を軸にしながら、かなり方々に話が展開して楽しい時間だった。私はそこである「告白」もした。

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    ・「山形日記」(2020/4/28-)

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