「3」の続き(タイトルを考えるのが苦手なので、ブログタイトルはただの通し番号にします)。
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8/15は、茅野市美術館から。「生誕100年 矢﨑博信展 幻想の彼方へ」が開催されていて、これがとても素晴らしい展覧会でした。「L’anima (アニマ)」、「動向」など、日本のシュルレアリスムを標榜したグループの創設に関わった作家であったため、そういった文脈でしばしば語られる作家ですが、私にはそういった作品よりもむしろ、故郷である茅野の風景や街並を描いた作品により惹かれました。たとえば、巻物的な墨絵《山間諸景》(1940年)があります。そのなかに着物を着た男性が描かれていて、近くにはこんな言葉が添えられています。
石ころの表情
石ころの心
ゆかた着て石ころどもと語りけり
矢﨑博信(1914-1944)は29才で戦死しているので、この26歳の頃の作品は晩年と言ってもいいのかもしれませんが、それでこの境地。どういった思考からこういった作品に至ったのだろうと想像は尽きません。油彩画約70点に加え、多数のスケッチやデッサン、関係資料が展示された、決定版のような展覧会でした。作品図版だけではなく論考や資料も充実の図録も作成されています。
茅野市美術館は今回初めて行ったのですが、茅野駅と隣接していて、図書館やホール、スタジオの機能もある複合施設でした。茅野市民館の中に、美術館が入っているといった方が適切なのかもしれません。電車が1時間に1本というとき、ここに来て図書館で本を読んだり、美術館で絵を見ることができる。いいなぁ…。
茅野市民館/茅野市美術館
http://www.chinoshiminkan.jp/
茅野市美術館の後は、電車で松本方面へ一駅、上諏訪駅にある諏訪市美術館へ。「諏訪-この土地と人へのまなざし-」が開催されています。岡本太郎、東原徹、小林紀晴、高木こずえ、平林孝央という5人の作家の作品から、諏訪という土地の風土や特質を浮かび上がらせるような試みの展覧会です。
たとえば、岡本太郎は諏訪で数えで7年毎に開催されている奇祭・御柱祭を愛し、何度も諏訪を訪れた作家でした。御柱祭は、切り落とした木に氏子が乗って坂を下るというそれこそ命がけの「木落し」という行事がありますが、岡本太郎は自分もそれをやりたいときかなかった。「死んで何が悪い。祭だろ」という言葉が残っていますが、それだけ自分もやりたかった。結局できなかったのですが、展覧会では、死後、養女の岡本敏子が岡本太郎の写真を氏子に託したというエピソードも、岡本が祭で着ていた法被とともに紹介されています。もちろん作品(絵画、写真)も。岡本太郎と諏訪と言えば、諏訪大社春宮の隣の万治の石仏もありますが、岡本太郎もここを歩いたのだなぁと思いながら町を歩くのは、とても楽しいことです。
展覧会では、作家のジャンルも世代も異なりながら、にもかかわらず浮かび上がってくるような諏訪の気配のようなものがあって、それが、私のように諏訪をよく知っているわけではない立場から見ても、面白かったです。公立美術館として、こういったかたちで土地の美術を紹介することはとても大事なことで、しかも本展はその多くを現在活動している作家で構成していて(物故作家は岡本太郎と東原徹)、もし可能であれば、今後も作家を変えるなどして定期的に見てみたいと思う意欲的な展覧会でした。
諏訪市美術館
http://www.city.suwa.lg.jp/scmart/index.htm
偶然にも諏訪はこの日花火大会で(毎年8/15に開催のようです)、諏訪市美術館から歩いてすぐの諏訪湖周辺は沢山の露店と、花火を待ちわびる沢山の人! 残念ながら帰れないといけなかったので花火は見れずじまいでしたが、露店でイカの丸焼きとコンビニでビールを買って、お祭り気分を少し味わいました。諏訪、展覧会だけではなくて、花火のときや、御柱祭のときに、また来たいと思います。
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8/15は、茅野市美術館から。「生誕100年 矢﨑博信展 幻想の彼方へ」が開催されていて、これがとても素晴らしい展覧会でした。「L’anima (アニマ)」、「動向」など、日本のシュルレアリスムを標榜したグループの創設に関わった作家であったため、そういった文脈でしばしば語られる作家ですが、私にはそういった作品よりもむしろ、故郷である茅野の風景や街並を描いた作品により惹かれました。たとえば、巻物的な墨絵《山間諸景》(1940年)があります。そのなかに着物を着た男性が描かれていて、近くにはこんな言葉が添えられています。
石ころの表情
石ころの心
ゆかた着て石ころどもと語りけり
矢﨑博信(1914-1944)は29才で戦死しているので、この26歳の頃の作品は晩年と言ってもいいのかもしれませんが、それでこの境地。どういった思考からこういった作品に至ったのだろうと想像は尽きません。油彩画約70点に加え、多数のスケッチやデッサン、関係資料が展示された、決定版のような展覧会でした。作品図版だけではなく論考や資料も充実の図録も作成されています。
茅野市美術館は今回初めて行ったのですが、茅野駅と隣接していて、図書館やホール、スタジオの機能もある複合施設でした。茅野市民館の中に、美術館が入っているといった方が適切なのかもしれません。電車が1時間に1本というとき、ここに来て図書館で本を読んだり、美術館で絵を見ることができる。いいなぁ…。
茅野市民館/茅野市美術館
http://www.chinoshiminkan.jp/
茅野市美術館の後は、電車で松本方面へ一駅、上諏訪駅にある諏訪市美術館へ。「諏訪-この土地と人へのまなざし-」が開催されています。岡本太郎、東原徹、小林紀晴、高木こずえ、平林孝央という5人の作家の作品から、諏訪という土地の風土や特質を浮かび上がらせるような試みの展覧会です。
たとえば、岡本太郎は諏訪で数えで7年毎に開催されている奇祭・御柱祭を愛し、何度も諏訪を訪れた作家でした。御柱祭は、切り落とした木に氏子が乗って坂を下るというそれこそ命がけの「木落し」という行事がありますが、岡本太郎は自分もそれをやりたいときかなかった。「死んで何が悪い。祭だろ」という言葉が残っていますが、それだけ自分もやりたかった。結局できなかったのですが、展覧会では、死後、養女の岡本敏子が岡本太郎の写真を氏子に託したというエピソードも、岡本が祭で着ていた法被とともに紹介されています。もちろん作品(絵画、写真)も。岡本太郎と諏訪と言えば、諏訪大社春宮の隣の万治の石仏もありますが、岡本太郎もここを歩いたのだなぁと思いながら町を歩くのは、とても楽しいことです。
展覧会では、作家のジャンルも世代も異なりながら、にもかかわらず浮かび上がってくるような諏訪の気配のようなものがあって、それが、私のように諏訪をよく知っているわけではない立場から見ても、面白かったです。公立美術館として、こういったかたちで土地の美術を紹介することはとても大事なことで、しかも本展はその多くを現在活動している作家で構成していて(物故作家は岡本太郎と東原徹)、もし可能であれば、今後も作家を変えるなどして定期的に見てみたいと思う意欲的な展覧会でした。
諏訪市美術館
http://www.city.suwa.lg.jp/scmart/index.htm
偶然にも諏訪はこの日花火大会で(毎年8/15に開催のようです)、諏訪市美術館から歩いてすぐの諏訪湖周辺は沢山の露店と、花火を待ちわびる沢山の人! 残念ながら帰れないといけなかったので花火は見れずじまいでしたが、露店でイカの丸焼きとコンビニでビールを買って、お祭り気分を少し味わいました。諏訪、展覧会だけではなくて、花火のときや、御柱祭のときに、また来たいと思います。