KOGANEZAWA SATOSHI
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5/11/2020

 
昨日に引き続き休日。

3月末までの〆切でありながら、長く書くことができていなかった展覧会の批評文がようやく完成する。これは単純に自分の力不足によるのだが、いい展覧会を見たからといって、いい文章を書くことができるわけではない。展覧会について書くという行為には、自ずと、「その展覧会『以外」の部分で、あなたが普段何を考えているのか」という部分が当然出てくるし、それが抽出されてしまう。今回、私には、その「以外」の部分がなかなか出てこず、結果として予定していたより多くの時間がかかってしまい、依頼をしてくれた作家に迷惑と心配をかけてしまった。昨年末か年明けか、その辺りから、私にとってそういう状況が続いてしまっている。インプット不足と言えば解消できる言い訳ではなく、私の場合、「書くことで考える」という行為にもっと身を浸さなければならない。だからこの日記はリハビリでもある。

ところで、非常事態宣言の制限緩和によって、臨時休館を余儀なくされていた国内のミュージアムのいくつかが、5月7日以降を目処にして再開されつつある。それ自体はやはり喜ばしいことであると思うし、再開に向けてのレギュレーションの整備にあたって、各館は大変な苦労があったと思う。それでもなお、再開にあたって一つだけ懸念を書き留めておくならば、「県外からの来館の自粛の要請を求める」という類のアナウンスをしている館がいくつかある。私は「自粛」の「要請」という言葉の奇妙さに違和感をずっと抱いていて、なにより言葉を大切にしなければならないミュージアムが、そういう言葉を使ってしまう状況に憤りにも似た感情がある。憤っても仕方がないのだし、そういう言葉を何かしらの事情で「使わなければならない」のかもしれない。しかし、それでもなお、そういう曖昧な言葉をミュージアムは使ってはならないのではないかと私は思う。設置にあたっては条例や規則が定められているわけなのだから、そのなかで定められているはずの「入館の拒否」などのルールにあくまで基づいて、禁じればいいのではないのだろうか。拒否することも、禁じることも、言葉としても行為としても極めて「強い」ものだが、「自粛」を「要請」するなどという不確かな言葉で来館者の自主性に委ねるようなやり方は、不誠実だと私は感じる。そういう、「どこでも、安易に使われている言葉」に、あらがってこそのミュージアムではなかったか。

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